【博物館】世界中のペニスに関わる建物・祭りなどを集めてみました【かなまら祭】

公開日:2016.01.12

更新日:

エリザベス神輿

ペニスを大きくするにはも科学的な資料を見て研究したり、神様に祈りつつチントレやサプリを服用する必要があります。
ですが、世界中のペニスにまつわる祭りや建物のほとんどがあまり人には知られておらずひっそりとしています。

それはひとえに「性」に関するものが世界的にタブー視されている為です。

しかし、一度ネットなどで人気になると多くの観光客が訪れることから何だかんだで人は「性」に関することが大好きなのです。

ここでは、そんな性の中でもペニスに関する祭りや建物などの情報を世界中から集めてみました。

旅行される際はぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

ペニスに関する建物

アイスランドペニス博物館

世界最大のペニス博物館
現館長
ヒョルトゥル・ギスリ・シグルズソン
場所
アイスランド 101レイキャビク
営業時間
午前10時(11時)~午後6時

アイスランドのの首都レイキャビクにあるオシャレなショッピング街。

ここにショッピングには似つかわしくない博物館が存在します。

それがアイスランドが誇る世界最大級のペニスを集めた博物館、「アイスランドペニス博物館」なのです。

この博物館には、クジラやホッキョクグマなど、アイスランド近辺で見らけれる動物たちのペニスが283点ほど展示されています。

ペニス画像のモザイク

「人間のペニスはないの?」と思う人もいるかと思いますが安心してください。人間のペニスも展示されています

(※流石に人間のはアレなので自重します。)

アイスランドの男性が生前ペニスの寄贈を表明し、2011年に彼が死去した為に彼からペニスを切り取って標本になりました。

なお、提供者は95歳高齢だったことからペニスの状態はしおしお。決して状態のいいものとは言えないですが、館長のハーターソンさん曰く

いずれは若いのも展示したい」との事。

この一連の流れは、ドキュメンタリー映画「最後の一本~ペニス博物館の珍コレクション~」にて公開されており、DVDにもなっていますので、ぜひ購入・レンタルをされてはいかがでしょうか?

映画の公式サイトは・・・
「L」の位置が絶妙な英語版公式サイト
「1」の位置が絶妙な日本語版公式サイト

映画のネタバレになるかもしれませんが、展示中の人間のペニスは包茎です。

さて、映画でも説明がありますが、元々この博物館は現館長の父親ペニシスト、シグルズール・ハーターソンが開設した博物館です。

アイスランドの首都レイキャヴィークにあるペニス博物館は、偉大なるペニシスト、シグルズール・ハーターソン館長によって創設されました。

37年の教員生活とハムラフリード大学の校長職という経歴を持つ彼が、ペニス博物館の設立に至った経緯は、1974年にさかのぼります。

若き日のハーターソン館長が牛のペニスを動物用の鞭として与えられた思い出を熱く語ったところ、友人から同様の鞭を進呈されました。

胸の高鳴りと、ムクムクと勃起する好奇心を抑えることができなかったハーターソン氏は、以来あらゆる生物のペニスを収集し続け、ついにペニシストの聖域アイスランド・ペニス博物館を開館するにいたります。

ハーターソン館長にとって、牛のペニスはジェダイのライトセーバーのようなものだったのかもしれません。「ペニスの導きがあらんことを」。

このペニス博物館ですが、何もペニスだけが展示されているわけではなく、ペニスや睾丸、睾丸を包む袋を素材にして作られた道具や性に関する文献なども展示されています。

ペニスということで、周りのお店などは嫌がるんじゃないか?と思いましたが、展示物自体は学術的な価値やペニス以外卑猥なものがないということで受け入れられています。
むしろ、世界的にも珍しいため多くの人が立ち寄り、周りの店舗にもいい影響を与えているようです。

博物館に訪れる客層も、女性のほうが6割と男性より多く、年齢層も20代~30代前半が多い、とのこと。

特に人気なのが、クジラやオットセイなどのビックなペニス!

やっぱり女性は大きいペニスが大好きな模様。

なお、人のペニスサイズは動物と比べると犬にも劣るらしいです。

さて、展示時間なのですが、5月~9月までが10時~午後6時まで。10月から4月までが10月~午後6時までとなっています。
(wikiには夏季限定となっていますが、現在は通年で展示しています)

入場料は1250アイスランドクローナ。2016年1月12日のクローラ/円レートは1クローラ=約0.9円なので1125円となりますね。

ペニス博物館はアイスランドの首都であるレイキャビクにありますので、もしアイスランドへいかれる方はぜひ立ち寄ってはいかがでしょうか?

ペニスに関するお祭り

金山神社 かなまら祭

エリザベス神輿
神社名
金山神社
場所
神奈川県 川崎市 川崎区
開催時期
毎年4月の第1週日曜日

一度見たら決して忘れられない大きさの ペニス 神輿。
いかにもな形の飴が販売され、老若男女がそれをペロペロなめる。

日本どころか世界中でも珍しいペニス信仰である金山神社で行われる祭り。それがかなまら祭です。

かなまら祭とは?

真面目にかなまら祭を説明させてもらいます。

かなまら祭とは、神奈川県川崎市川崎区にある若宮八幡宮の中にある金山神社にて、毎年4月の第1週日曜日に開催されるお祭りです。「かなまら祭り」ではありません。

そもそもかなまらとは、金山神社の主神であり、「性と鍛冶」の神である「かなまら様」。

かなさま様の伝説は古事記にまで遡ります。

遥か昔、イザナミと呼ばれる日本を創造した神様がいました。
イザナミは火の神である迦具土神(カグツチ)を出産した際、カグツチの熱により陰部が焼けただれました。
その際、懸命に看病したとされるのが「かなまら様」だと言われています。

そのような伝説から、かなまら様は「安産」「性病除け」などとして当初まつられていましたが、次第に「子孫繁栄」「夫婦円満」なども司るようになりました。

かなまら様が「鍛冶の神」としてのエピソードは「イザナミが火傷で苦しんでいる時に鍛冶の神として誕生した」という程度です。(※もしなにかエピソードがあれば教えてください)
それでも「鍛冶の神」として、製鉄所や鉄鋼業関連の会社からの信仰は厚く、日立造船所を始めとした様々な会社から献納がなされています。

なお、「かなまら様」という名称は俗称であり、正式には、「金山比古神(かなやまひこのかみ)」「金山比売神(かなやまひめのかみ)」の2柱でかなまら様です。

さて、かなまら祭が開催され始めたのは江戸時代の「地べた祭」からだとされています。

この祭を指揮したのは遊女(正確には飯盛女と呼ばれるピンクコンパニオン)であり、性病除けや商売繁盛を願って開催されてきました。

明治以降は時代の流れで細々と続けられていました。

昭和の中頃(40年代)になると、性信仰の珍しさからか海外の学者から注目。
せっかくなので当時の地べた祭も再現しようと「かなまら講」が作られ、1977年に「かなまら祭」が誕生しました。

なお、今のようにかなり派手になった理由として、「毎年毎年新しいアイディアを取り入れていったから」です。

今のかなまら祭を見て、金山比売神(女神です)はどう思うのか、ちょっと気になります。

現在のかなまら祭

現在のかなまら祭の祈願としては「商売繁盛」「子孫繁栄」「安産祈願」などがメインです。
エイズが日本で発症してからは「エイズ除け」も追加。これをきっかけに海外から取材が来て、世界的に有名な祭りとなりました。

世界的に有名になってからは同性愛者や女装した人なども祭りに参加しており、「性そのものの祭」としての側面も出てきました。

出店も色々と豊富です。「授かり飴」や「かなまらさま飴」(形が男性器・女性器)と呼ばれる子孫繁栄・安産祈願の飴、「満小紋」や「珍満もだん」などのちょっと大人な手ぬぐい、ペニスの形をしたろうそくである「ちんキャンドル」などなど、他では決して目にしないようなものがたくさんです。

かなまら舟神輿・エリザベス神輿・かなまら大神輿

さて、祭の一番の目玉ば・・・そう、神輿です。

かなまら祭といえば、ピンク色のでっかいペニス神輿ですが、あの神輿の名称は「エリザベス神輿」と言います。
他にも「かなまら大神輿」「かなまら舟神輿」があり、こちらが本来のかなまら神輿です。

なお、「かなまら舟神輿」は日立造船所からの献納品です。

田縣神社 豊年祭

田縣神社の巫女
神社名
田縣神社
場所
愛知県 小牧市 田県町
開催時期
毎年3月15日

男がペニスの形をした神輿を担ぎ、女はペニスの形をしたものを抱えて歩く。そんな祭りが田縣(たがた)神社の豊年祭です。

「野も山も みなほほえむや 田縣祭」
そんな歌があるくらいこのお祭りは皆が楽しく参加されており、最近では海外からの観光客も多く訪れる大きなペニスのお祭りのうちのひとつです。

田縣神社とは?

田縣神社の豊年祭ついて説明する前にまずは田縣神社そのものについて解説します。
田縣神社とは愛知県小牧市田県町にある神社であり、建てられた年代は不明ですが少なくとも弥生時代には存在していた非常に古い神社です。

ご祭神は「御歳神(みとしのかみ)」と「玉姫命(たまひめのみこと)」の2柱。

御歳神は須佐之男命(すさのおのみこと)の孫です。須佐之男命といえばヤマタノオロチを退治した神様であり、ゲームなどでは「スサノオ」という表記でよく登場していますね。
そんな英雄的な神様の子孫なので武道や勝負事の神様がと思えば、司るのは農業・五穀豊穣と平和主義者です。

一緒に祭られている玉姫命は御歳神の妻か親族かと思えばそうではなく他人。
玉姫命とは建稲種命(たけいなだねのみこと)という武将の妻です。建稲種命は大和朝廷の英雄、ヤマトタケルの副将軍歳て活躍していましたが、海鳥を捕まえようとして海に落ちて死亡するという事件が起きます。

一人残された玉姫命は実家に帰り、地元小牧市田県町の発展と子育てに励みました。その結果、御歳神と共に田縣神社に祭られたという経緯があります。
玉姫命が司るのは「子孫繁栄」といたって普通です。

そんな2柱を祭っている田縣神社ですが、神社としては非常に由緒があります。927年にまとめられた延喜式神名帳という神社の格付けデータベースに書かれており、なおかつ現代まで脈々と受け継がれている数少ない神社です。